わたし色日記

アラサーワーママ が日々思ったことを書いてる日記

嫁に介護してもらおうと言う考えの人間が死ぬほど嫌いな理由

 ここから先は「死」や「自殺」という言葉を含むので読みたくない方はそっ閉じでお願いします。

そして言葉使いもわるいです。非常に。

 

 

 

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タイトルからも想像できるように今回は義両親についてです。

 

 

今はまあ、割と表面上仲良く?やっていますが、実は次女が産まれるまでは半年に一度行けば良い方でした。

 

 

理由はシンプルに大嫌いだったから。

 

 

色々な義両親による迷言?はたくさんありましたが、同居を当たり前に思っていたり、私に面倒見てもらおうとしてたことが分かったとき、もの凄い嫌悪感を感じました。

 

 

私は介護士の資格を持っていて、それを義父に言った時にすごく喜んでました。何でかわかります?義父はわたしが介護士なら将来介護してもらうのにも安心だと思ってたんです。

 

 

 

いやいや、あんたを看るために介護士とったんじゃねーよと。愛想笑いしながらも心の中で毒づいてました。

 

 

 

 

わたしが介護士の資格を取ったのは義父を介護するためじゃない、大好きなおじいちゃんの面倒を看るためでした。

 

 

でも大好きだったおじいちゃんは今はもういません。

わたしが19の時に癌で亡くなってしまいました。

 

 

おじいちゃん子だったわたし 

私のおじいちゃんはとってもお人好しで、ちびまる子ちゃんのおじいちゃんみたいな人でした。

 

 

初孫だったこともあってとっても甘くて、赤ちゃんのときは毎日仕事帰りに家にきてはわたしをお風呂に入れていたようです。因みにおじいちゃんは母方のほうのおじいちゃんです。

 

 

そんなおじいちゃんが大好きで、ほぼ毎週中学に上がるまではおばあちゃん家に泊まっていました。

 

 

 

 

癌が分かったときはもう手遅れだった。

もともと病院嫌いだったおじいちゃん。

 

顔色の色がだんだんと黄色っぽくなっていましたが、おばあちゃんが病院に行くようにすすめても拒否。

 

 

分かった時には手遅れでした。

 

 

入院して、お風呂もなかなか入れないから身体を拭いてあげました。学校で習ったこと、活かせたけどとっても切なかったのを覚えています。

 

 

病院にいるのが嫌だったおじいちゃん、知らない間に抜け出してスリッパでタクシーに乗って家に帰ってきておばあちゃんを驚かせることもありました。

 

 

散歩が好きだったおじいちゃん、入院生活は窮屈で仕方なかったんだと思います。

 

 

家で自殺しようとしていた

一時帰宅したときです。

 

 

お風呂場で自殺しようとしていたおじいちゃん。おばあちゃんが気づいて止めました。

 

 

 

理由は自分が入院することで家族に迷惑がかかっているのが申し訳ないから死のうと思ったと。

 

 

人に迷惑をかけることを人一倍嫌うおじいちゃんの私たちを思っての悲しい選択でした。

 

 

家族からしたら誰もそんなこと望んでもないのに。

 

 

癌のことは本人に告知していなかったみたいですけど、きっと「長くは生きれない」と分かっていたんだと思います。

 

 

 

夜中は動いて点滴などをとってしまうので拘束されていました。仕方ないと思っていても、こんな状態で生きているのも今思えばおじいちゃんもしんどかったと思います。

 

 

 

最後になるからと皆で旅行にも行きました。トイレに立つのにも支えないと歩けなくなっていたおじいちゃん。今でもよく思い出します。

 

 

 

最期は静かに息を引き取りました

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「桜が咲くころまでの余命」お医者さんの言った通りでした。最後は夜中だったので病院に着いたときは間に合いませんでしたが、最後は苦しまずに静かに息を引き取ったみたいです。

 

 

亡くなった時は19歳だったわたし。翌年は20歳だったので成人式見せたかったな。きっと一番喜んでくれたよね。そこにいないかもしれないけど、成人式のときは着物でお墓参りに行きました。

 

 

入院生活が長かったのもありますが、家族に負担がかけるようなことはほぼなかったおじいちゃん。おじいちゃんらしい最期でした。

 

 

 

 

最初のタイトルに戻りますが

こういうおじいちゃの姿をみているからか、当たり前のように「嫁」に介護してもらおうという考え自体が理解できませんでした。

 

 

 

その時はまだ義父にお会いして数か月しか経っていないのにね。なぜ旦那と結婚しただけなのに同居やら介護やら言われなきゃいけないのかと。

 

 

こういうこという人って結局介護したことないんですよ。

 

 

実際に就職はしなかったけど実習で老人ホームに行ったので介護の大変さはわかります。こんな状態の老人、いち家族がしかも嫁一人でみれないって。分かっている人は口が裂けても介護してなんていえない。

 

 

たまに自分も親の介護してたから嫁も同じように介護して当たり前。と思っている姑もいますけど、今は平均寿命延びているし無理だよ。共倒れます。

 

 

 

義父を何にも看たくないわけじゃない。わたしが嫌なのは最初からしかも結婚してすぐそんなこと言ってくるのが気に食わないんだ。

 

 

義母もそのうち書きますが結婚当初の失言の数々は一生忘れません。今は連絡とってるし、関係も普通ですが。

 

 

私の(実家)家族を下にみるような態度とったことは忘れません。

 

 

 

私自身嫁に行ったとも思ってないです。だから家も別で購入しましたし、わたしの実家のほうが近いです。

 

 

 

次女が産まれるまでの4年間ほとんど連絡取らなかったし、会えば相当冷たい態度取ったら二度とそんなこと言わなくなりましたけど。

 

 

だからお墓なんて一緒に入りませんよ。私は実家のお墓に入る予定です。

 

 

表面上は仲良くしてますが、言われたことは一生忘れない。旦那が長男だからなんなんでしょうね。わたしだって長女だし。生まれた順番や性別が違うだけでなんで責任が変わってくるんでしょうね。

 

 

因みに私の実父は婿養子でした。昔はそのことに関して何とも思わなかったですけど、今思えば次男でも名字を変えた実父はすごいと思います。

 

 

旦那が次男でも名字は変えてくれなかっただろな~。あの義父は許さないでしょう。旦那もきっと嫌がるでしょうけど。実父のそういうことは気にしないところは尊敬します。

 

 

ちょっと脱線してしまいましたが、まあわたしは義父はきらいです。これからもそれは変わらないと思います。

 

 

わたし、執念深いタイプなので。昔教習所で受けた心理テストでそういう結果が出て教官の先生が怯えてました(笑)ほんとその通りだと思います。

 

 

発言には気を付けないといけないですね。

 

 

 

義実家に女の子がいたらちょっとは女親の気持ちわかったと思うんですけどねー。義親の介護要員にされるなんて、その為に生んだわけじゃない。

 

 

 

息子の妻は介護要員ではないですからね。介護頼むなら息子にまずは頼めよってことです。最近は上司でも介護休暇とっている人います。共働きが増える中で親の介護までみるのは無理ですからね。

 

 

 

とりあえずはそうなったら私が主体で動くのではなく、旦那に投げる予定です。

 

 

 

それまで夫婦生活が続いていればですけど。

 

 

おしまい。